ご挨拶

「乳腺外科診療所」の開設に際して

はじめに

すでに街には半袖姿も見られるようになり、春の名残がおしまれる今日このごろです。

旧ブレストセンター 乳腺外科の2年半の間、患者さんと私たちを支えてくださったすべての皆様に心より感謝申し上げます。私たちは、乳がんをはじめとするすべての乳房疾患の診療に特化して川口市や近隣の皆様のお役に立つことを使命としております。そのために、設備や人員を拡充した「乳腺外科診療所」として隣接に移転し、引き続き地域の医療に貢献できますよう、スタッフ一同努力することをお約束いたします。

チーム医療は、人間社会の文化としての医療の根幹を成すものですから、これを患者さんやご家族に対して、あるいは診療者に対してことさらにして言う必要はありません。より良いがん診療を行うために同時代を生きている者同士が助け合い、励まし合うことは人として当たり前ことであり、理屈をこねたり、掛け声をかけたりするようなことではないはずです。もとよりチームの広がりは患者さんを中心としたご家族や医療圏全体ですので、研究・教育機関、病院、診療所、そこで働く医療従事者、自治体、各種団体や企業が協力し合わなければならいのは当然のことでしょう。

私たちの考える乳がん診療

人生100年時代に入ったといわれますが、それでも人間の生命は永遠ではありません。たとえ乳がんが完治してもいつかは生命の終わりは来ます。その上で、乳がん診療において最も大切にしなければならないことは、患者さんがどのような価値観、人生観、死生観をお持ちなのかを診療者が知り、理解することだと考えます。どのような情報も患者さんやご家族と医療チームが共有することから始まります。治療に際しては、共有した情報をもとにして、患者さんの人生観を最大限に尊重して相談しながら治療や検査を取捨選択していく過程を経なければ、患者さんにとっての最善の治療にはならないと思うのです。そして、診療は人間の介在する社会的営みのひとつですので、どこで、だれが、どのような行為をおこなうのかによって異なる結果が出てしまうことも想像に難くありません。私たちはできるだけそのような理不尽なことが起こらないように日々精励努力してゆく所存です。

わが国の乳がんの現状

さて、女性のがんの中でも最高率になって久しい乳がんは、わが国の女性の11人にひとりに発見される時代となり、2050年までに8人にひとりまで増え続けると推計されています。しかし、怖れるには及びません。なぜならば、たとえ乳がんが見つかっても現状においても90%の患者さんは完治しています。半世紀前には60%弱であったことを考えるとまさに隔世の感があります。最も大きな貢献をしたのは、乳がんという生き物に関する基礎研究とそれを基にした手術後の薬物療法です。逆に手術的な治療はより軽く、小さくする方向にあります。多くの患者さんにとって、手術でできるだけ大きく取れば生命も助かるのだと誤解していた時代はすでに終わりました。同様に多くの患者さんに対して「良薬口に苦し」といったような抗がん剤をはじめとするつらい治療を強いた時代ももはや終わりを告げようとしています。それでも現代の医療レベルでは早期発見、早期治療ががん治療の大原則であることに変わりはありません。

画像検診の重要性

私たちの目指すゴールは、当面「小さな乳がんを発見して,女性の乳房と生命を守る」です。小さく見つければ、生命を脅かされる心配もなく、つらい抗がん剤治療や乳房全摘手術を避けることが可能となります。医師が視・触診で行う検診では、死亡率は下がらないことがすでに明らかとなっています。では、小さな乳がんはどうやって発見すればよいのでしょうか?自分の指にも触れない段階(1cm以下)で乳がん見つけることです。そのためには、マンモグラフィや超音波の画像検診を行うことです。わが国の健康な女性に対する乳がん画像検診としては、マンモグラフィと超音波の併用が最善であることが、大規模臨床試験から判明しました。当院では、世界で最も高性能のマンモグラフィ装置(トモシンセシス)と超音波診断装置を備えました。

また、遺伝的に乳がんが発生しやすい家系の方、乳がんの既往のある方、その他乳がんが発生するリスクの高い方などは、MRIや核医学検査も選択肢のひとつです。がん検診の目的はがんによる死亡率を下げることですから、今後ともより良い方法、高性能の診断機器を模索、選択していかなければなりません。すでに、世界中の研究者や機器開発会社がこの方向性を明確な目標として取り組んでいます。

近未来の乳がん診療

現在国は、下がらない乳がん患者さんの死亡率を下げるために、マンモグラフィ検診受診率を50%にまで引き上げることを政策としています。しかし、裏を返せば11人中10人には生涯乳がんは発生しないわけで、近未来から見れば現状はやむを得ず過剰検診の方向を目指していることになります。

近未来には、すべてのがんに関して、まず唾液や尿、血液で個人のがん発生リスクを見たうえで画像検診を受けた方がよい方を見つけていくことになろうかと思います。

また、小さな乳がんであればより小さな手術で済みますし、実際に手術をせずに乳房のがんを治療する発想もあり、そのうちのいくつかの治療はすでに臨床試験も進んでいます。

さらに、術後薬物療法は画像には表れない微小転移のがんに対する治療であり、死亡率下げるためには多くの患者さんにおいて欠くことはできませんが、副作用に苦しむ患者さんも少なくはありません。近未来では、コンピュータの計算能力の飛躍的な向上(毎秒1京=1016 = 10,000,000,000,000,000回を超える四則演算)が見込まれており、がんと患者さんから得られた情報をもとにして、どの治療が最も有効かつ副作用が少なく安価なのかを決めてくれるようになると予想されます。先ごろ発表された、米国でのがん診療に関する研究プロジェクトの成果が、これまでのがん診療を一変させてしまう可能性もあり、私自身期待を寄せています。

おわりに

大分長いご挨拶になってしまいましたが、詳細は「私たちの理念」として記しました。お時間の許すときにご一読くだされば幸いです。

今後とも私たちに課せられた使命を全うすべく、人事を尽くす所存ですので、何卒よろしくお願い申し上げます。

2018年(平成30年)5月1日
院長 古澤 秀実